灰色の国 (くるー)

創作小説をはじめ、その他徒然と書いています。

蒼い魔術師は悪夢を屠る 17



ナタリーから直接、魔術回線による通信が入ったのは
あいつが特務会議に出向いてから2週間後だった。


ナタリー
『貴方にしか出来ない任務を、『蒼』の称号の名のもとに、依頼したい。
内容については、直接口頭で伝えます。』

それだけを一方的に伝えて、ナタリーの奴は通信を切った。



ハンダー・M・ドックマンこと俺は、嫌な予感しかしなかった。


…あいつはいつも1人で危ない橋を渡っている。

軍人だから、当たり前と思うかもしれないが、
ナタリーは、目標達成の為だったら、自らの命を、何のためらいもなく天秤にかける。

だからこそ、見ていて危なっかしいんだ。


周囲の者たちは、そんな彼女の姿が勇敢に見えているようだし、実際に勇敢でもある。

けれども、俺からすれば、まるで
『いつ死んでも良い』と思いながら…
他を助けるためなら、いつでも自らの命を容易く引き換えにできると言い切っている姿にも見える。


…あいつは確かに凄い。
実績、頭脳、正義感、全てにおいて、オールAの能力だと、俺も思う。


…けれどもあいつは、人として、決定的に欠けているものがあると…
…実のところ、とても危うい奴だと、俺は見ている。


ハンダー
『(…ナタ、お前は過去の呪いから、未だに解放されていないのかな…?)』


そんな、一見完璧、しかし決定的に何かが欠陥している彼女からの依頼は
やはり、ロクでもないものだった。





ハンダー
『…終焉のトランペッター…その術者がお前で、俺がその鍵役の術者になれと…?』

ナタリー
『…ええ、巻き込む形になってしまうのが申し訳ないのだけれど、貴方だからお願いしたいの…』

ハンダー
『…』



『トランペッター』という魔術自体は
魔術師候補生でも扱うことのできるような、容易な魔術
福音をもたらす天使を召喚し、演奏してもらうことで、
その魔術の効果範囲内の味方に対し付与的に、筋力や魔力増強といった力を与える術のこと。



『終焉のトランペッター』はその術を、
任意で誤作動させることで効果を成す。



手順と効果はこうだ。

まず、トランペッター単体の魔術を発動させようと、術式を構築している術者に対し、
その他の魔術師が、トランペッター発動者に、強制的に心を開かせる術をかける。

『マインドオープン』と言った術だ。

ただし、開かせる部分は、本人の忘れたいほど辛い過去の記憶や体験…

それを無理矢理引っ張り出し、頭の中をその記憶で充満させる。



そうすると、トランペッター発動中の術者は、当然、苦しむ。

術の発動中に苦しませることで、
出現したトランペッターは、
福音の旋律とは真逆の、反転した旋律で発動する。



その効果は、
『術の効果範囲内全てを消滅させる』こと。


爆散蒸発級魔術とは異なり、その効果範囲が世界から『消滅』するのだ。

その分、世界は収縮する。


高度な魔術を編むことに長けている者であれば、ある程度、取り扱うことも、危険ではあるが可能である。


ただし、一度狂えば
甚大な被害が出る。
…終焉の名の通り…


そしてその危険性が最も高いのが、トランペッター発動の術者
コントロールを失えば、真っ先に術者自身が消滅する。



辛く、苦しい記憶と言うものは、誰にでも、多かれ少なかれ存在するが、
ナタのものは、特にキツイものであると、俺は薄々、感づいている。

もっとも、本人は口にしたことはないが…


ナタリー
『…マインドオープンを私にかけることによって、貴方も…その…、私の記憶を見るわ…嫌なものだけど、その…貴方だからお願いしたいの…』


こんなに歯切れの悪い喋り方をするナタリーを見たことは滅多にない。


俺は…


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