灰色の国 (くるー)

創作小説をはじめ、その他徒然と書いています。

四季の春

 

???

『…春は嫌いなの』

 

年度末で忙しい部署も多々あるとは言え、

現場の一図書館司書の、とりわけ廃れた町の分室図書館に勤める僕たちにはあまり関係なく

今日も来館人数は小学生が複数名、やってくるだけだった。

 

彼女 "水上澄子"は 暇を持て余したようで、窓の外を眺めながらボソッと呟く。

 

僕こと 杉澤健也は、貸し出しカウンター越しにそんな彼女を見つめる。

 

健也

『…澄子さん、そんなことより暇ならこっちの書架整理手伝ってくださいよ』

僕はいつも、色々と"遅い"のだ。

受け持ち分の仕事が澄子さんは終わってしまっているが、僕はまだ半分も残っている。

(後輩の僕を手伝ってくれるという発想はないのだろうか?)

 

などと思っていると 澄子さんは無言でこちらへ来たと思ったら 、僕の受け持ち分の書架整理を手伝ってくれた。

 

健也

『…ありがとうございます…』

 

澄子

『…いいよ、こっちこそ気がつかなかった。ごめん』

 

謝ることじゃないのにと思いつつ

2人で書架整理を行っていると、隣接する小学校からチャイムが聞こえた。

 

それを聞いた澄子さんは手をビクッっと強張らせた。

 

健也

『…澄子さん…?』

 

僕はこの図書館へ異動して、半年が経ったが

未だに澄子さんのことはあまり知らない。

暗いわけではないが普段から物静かな彼女

僕自身から彼女へ聞かなかったということもあるが、

彼女も僕と同様に、自分のことを話すのに抵抗がある人のように思えたからだった。

 

澄子はまた再び書架整理を再開した。

 

その書架整理が終わったところで、澄子さんは急に声のトーンを変えて声を出した。

 

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澄子

『 ああ、寒いほどひとりぼっちだ 』

 

僕は彼女を見ようとしたが、彼女はそっぽを向いてしまい表情が見えない。

 

健也

『 "山椒魚"…ですか?』

 

彼女が言った言葉はある文豪の一節だ

 

澄子

『 なんか変だよね。暖かくなるにつれて、一気に色々なものが変わっていって、私はいつも置いていかれる。

…そういう時"寂しい"っていうはずなのに、私には"寒い"の方がしっくりくるの』

 

健也

『 感覚も感性も人それぞれですしね。

…でもそうですね、僕も春は嫌いです。 いい思い出がないですからね』

 

澄子さんがなぜ今こういったかは、僕にはわからない。

わからないけれど、僕自身も含めて 人には言いづらいことは多少なりともあって、

でも時々 ひとりで抱えているには重すぎるってこともあると思う。

 

そんなことを考えていると、澄子さんは1人 別の書架を確認しに離れていった。